すべてがPひゃらら

子供いらない派の僕と子供欲しい派の嫁との間に子供が生まれたらどうなるのかというアレ

息子を好ましく感じ始めた

子供いらない派の僕が父になったらどうなるのか、という定点観測のつもりで始めたこのブログだけど、まさか初めの記事にいきなりこんなタイトルをつける事になるとは思わなんだ。


生後1ヶ月になるところだけど、最近では出先で不意に息子の顔を見たくなる事がある。家にいてもちょくちょく揺りかごに様子を見に行きたくなる。泣いたときも、だっこしてやればだいたいおとなしくなる。そういうところを可愛く感じることもある。


息子を好きになれました、という美談で締めたいところだけど、やはりそこは元々が子供いらない派の僕なので、自分に起きたこの変化を半分冷静に見ている。今日までの1ヶ月、僕から見れば理不尽に泣き続けてきた息子。まぁ赤ん坊はみんなそうなんだろうけど、こちらの湧き上がるイライラだけはどうしようもない。テメぇ殴るぞ、と心で唱えた事もある。手もかかる。面倒くさい。そもそも独り立ちするまで養育する義務まじ重い。こう書いてるだけでテンション下がってくるくらい重い。あぁ…重い。


彼のそういう性質はこの1ヶ月で何も変わっていないから、この抱き始めた好感は僕側に変化が起きた証拠だ。一体何だ?と思う間もなく、まぁすぐにだいたいこういう事だろうという思い当たりというか、見当はついた。


単純接触効果という言葉がある。ザイアンスの法則とも言うらしい。一言で言うと、人は繰り返し触れたものに好感を持ちやすいという話。対人関係でいえば、人柄や側面などを知れば知るほど好きになりやすいという話。刺激に対する慣れを脳内で好感と取り違えてしまうとかなんだとか、原因については諸説あるらしいけど、僕の実感からひとつ例を挙げるならば。


細かい話だけど、うちの息子は泣き始めて、だっこして泣き止んで、しばらく落ち着いた後、大きなあくびをした直後にまたぐずり始めやすい。結構ワンパターンなやつなのだ。再びぐずるのだから本来は困った話なんだけど、そのある種の"お約束"に僕は『しょうがないやつだなぁ…』という愛着が湧き始めていると思う。


僕の上司は仕事はできるのに書類の保管・整理が全くできない。部下の僕がよく代わりに片づけてあげると『いやーいつもすいませんねぇー』と言いながら、普段の業務中には全く見せない『テヘッ☆』的な笑顔を向けてくる。大あくびの後の息子の泣き顔をみた時の気持ちは、その上司の『テヘッ☆』顔をみた時の気持ちとかなり相通ずるものがある。


いま息子に対して抱き始めた好感は、我が子への特別な感情というよりは、なんか、同居人に慣れてきた、という方が合っていると思う。どっかの誰かとルームシェアしたとしても、とりあえずこれくらいの好感はいずれ持つことになるかな…?と想像できるくらい。


この子が誕生した瞬間も、感動したけど、やっぱり我が子の誕生という特別な感情というより、生命一般の誕生に対する感動という方がしっくりくる感じだった。例えるならメダカの孵化をみたときの感動の強力版という感じ。


子供を持つ事に対してドライな発言をしてきた僕に、『実際産まれたら可愛くなるってー!そういうもんだからさ。』としたり顔で言う人はたくさんいた。僕も期待したけど、結果はメダカと同種。上司のテヘッ☆と同種。いまのところがっかりな経過を辿っている。このままでは、世話の面倒くささとか、養育義務の重さとかが全くペイされません。いやはや。順当にいくとは限らないものです。そりゃトランプも大統領になります。


ヒラリーはもうだめでしょうが、僕は子煩悩パパ・幸せ親父ルートの可能性に淡い期待は持ち続けたいと思います。