すべてがPひゃらら

子供いらない派の僕と子供欲しい派の嫁との間に子供が生まれたらどうなるのかというアレ

生みの親か育ての親か

「そして父になる」とか、「思い出のマーニー」とか、血の繋がりがない親子の葛藤を描いた作品はたくさんある事からも、これが人間にとって(少なくとも日本人にとって)永遠のテーマの一つであるのは明らかだ。それだけに、答えは人それぞれになりやすいんだろう。
 


今日現在の僕の結論としては、僕にとっては、もう絶対的に血はどうでもいいと言いたい。息子をかわいいと思う気持ちは日に日に増している。でも血の繋がった我が子だという強い実感はほぼ無い。事実として、血の繋がりは知ってはいるけど、という感じ。



 …いや、まじで繋がってなかったりして。笑 。


冗談はさておき、ひとつ付け加えなければならないのは、僕の日課と、そのときに湧いてくる情動のことだ。毎朝寝起きに、嫁と息子の寝ている部屋に様子を見に行く。息子の姿が目に飛び込むその瞬間、最初に胸にこみ上げるのはかわいいという思いではなく、背負った義務に対する重苦しい圧迫感だ。寝起きというのはいつも頭が空っぽで、思考が緩慢だ。そういう時に受ける刺激には一切の理性や自己弁護が働かない。ただ己の素直な感情を無防備に味わうだけだ。


つまるところ、いま僕の心は第一義的には、息子をかわいいよりも前にまず重荷だと感じているようだ。やっぱり、たかだか2ヶ月一緒に暮らしただけで、すべてのジレンマが解決するわけではなかった。世によく言う、産まれたとたんに子煩悩になるという父親の逸話と、我が身の間に相当の距離を感じる。