すべてがPひゃらら

子供いらない派の僕と子供欲しい派の嫁との間に子供が生まれたらどうなるのかというアレ

親は社会を信頼すべきか敵視すべきか

子供ができたので災害用の、非常持ち出し袋の中身を精査した。


新たに追加する事を決めたものは子供の保険証のコピーだったり、哺乳瓶だったり、固形ミルクだったり、紙オムツだったりするのだけど、ひとつだけ、たぶん追加した方がいいんだけどちょっとこれはちょっとアレだなぁ…と思ったものがネームタグだ。


子供の名前、両親の名前、住所、電話番号、予防接種の履歴、アレルギー等々を書いて、腕に巻けるようなものを用意しておくと、万が一非常時の混乱で子供とはぐれても、僕らに連絡がくるとか、一時保護してくれた人がアレルゲンを与えるのを防げるとか、主旨はそういう事で。うむ。頷ける。


一方で、じゃあ、たまたま拾った人が意地悪な人だったり、子供が嫌いだったり、親に恨みを持った人だったり、金に困ってしょうがない人だったり…etc、したらどうなのよ?そのタグがなければ最悪でも素通りするだけだったであろうその人々が、タグを見てわざとアレルゲンを与えたり、あいつらの息子かと思って殴ったり、電話番号書いてあるし身代金でも要求してみるかゲヘヘってなったり、しないとは言い切れない話で。


結論としては、タグがある事で防げるリスクの期待値の方が、タグがある事で被るリスクの期待値よりも大きそうではあるから、用意はするつもりだけど。避難所で息子の腕に巻くとき、待てよ、どうしようかな…ってこれはそのとき絶対頭によぎるはず。


ここまで考えてあらためて気づいたけど、これは別に持ち出し袋にとどまる話じゃないんだよな。社会の手を借りなければ到底子育てなんてできないけど、社会に潜む魔の手から子供を守らなければならないのもまた事実。街のお父さんお母さん達は皆そのギリギリの綱渡りをやってんだな、と思うと。子供がうるさいとか、ベビーカーが邪魔だとかいろいろあるとは思うけども、もうちょっとだけ優しくしてやってくれや、って気持ちになってくる。


書き始めたときはここまで書くつもりはなかったけど、すべて、日本社会を想定してるから起こった思考なので、他の国ではいろいろ大丈夫なのかもしれない。ハッシュタグ日本死ねをつけてもおかしくない記事になってしまった事に自分でびっくりしている。親になるとみんな一度は思うのかもしれないな。日本死ねと。